短編 | ナノ


▼ 多猿




体調を崩してしまった。少し怠いなぁと熱を測ってみると38℃を過ぎていて、ああこれでは吠舞羅に顔を出すのは無理だなととりあえず美咲に連絡した。

「もしもし美咲?」
「あー猿。どうした?」
「俺熱出たから。今日そっち行けないわ」

あいつは既に吠舞羅にいるらしくいつも通りの耳障りなガヤが電話口から聞こえた。更に頭痛が酷くなったような気がする。

「え、風邪なのか?マジかよ大丈夫か?」
「ああ、寝てれば治る。だから今日は…」

そっちに行けない、言いかけた時電話口からガチャガチャと煩さが増した。なんなんだ。電話を切ってやろうかとも思ったがとりあえず電話の相手を呼び掛ける。

「もしもし、うるさいんだけど」
「あーもしもし猿くん大丈夫?」
「…」

電話口から聞こえてきたのはさっきの声とは違っていて、俺を猿くんとかいう不快な呼び名で呼ぶのは一人しかいなかった。

「十束さん、その呼び名やめて下さい」
「ああごめん!慣れちゃってさ!」
「……あの、」
「伏見、今日俺らが看病するから!」

唐突に意味のわからないことを言い放つ十束さん。それにまた頭がガンガンするのを抑えながらなるべく声のトーンを変えないように言う。

「大丈夫です。寝てれば治るんで。それに悪化する予感しかしないので正直迷惑です。」
「ほう…人の好意を簡単に無下に出来る奴だったんだなお前…」
「!」

また相手が変わっている。無理矢理電話を奪ったのだろう。低く地を這うような声が響く。この人の声はあまり好きではない。

「本当の事ですから」
「いいから素直に甘えてろ。」
「ちょっとキング電話返してよー」
「つーか俺のケータイなんですけどソレ!」
「あっ、もしもし伏見?これから八田と俺でそっち行くからー!」

プツリと電話が一方的に切られる。なんなんだよ、放っとけばいいのに
何故か尊さんに牽制されたようで俺のプライドがまた傷ついた気がした。クソ。

視界がグラリと揺れてそのままベッドにドサリと倒れる。少し冷たいシーツが心地いい。だが直ぐに寒気が襲い、重たい身体を起こして布団に潜り込んだ。


少し経ってドアをノックする音が聞こえた。インターホンを鳴らせばいいのに、そこらへんは完全にガラの悪いヤンキーだ。外から美咲のうるさい声が聞こえてきて、もう来たのか、とのそのそ身体を起き上がらせた。ああ、玄関に行くのも面倒くさい。
そう思ったのを知ってかしらずか勝手にドアが開く。普段なら怒るところだが…まあ勝手に押しかけたのだから今も怒るべきか

「猿ー!見舞いに来てやったぞ!入っていいか!」
「頼んでないし…もう入ってるだろうが…」

お邪魔しまーすとか呑気な声が聞こえ、ゾロゾロと家に入ってきた。十束さんは予防のためかマスクをしていて、美咲はいつも通りの馬鹿みたいな格好だ。何故か大量の買い物袋を持っているが。

「なんすか、それ」
「薬とか食べ物とか買ってきたんだよ!どうせ伏見何も食べる気なかったんでしょ?」

図星で何も言えない。口を噤んでいると十束さんが頭を撫でた。いつもなら叩くところだがそれさえ面倒で口だけでやめてください、と言うがそれでもニコニコ笑っているだけだった。
その顔に唾でもかけたい気分だったが舌打ちを一つしたあと布団にこもった。

「俺、寝ますから」
「うん寝てていいよ。勝手になんか作ってていい?」
「いいですけど…早く帰ってもらっていいですか…」
「ええー伏見の家初めてなんだからもう少しゆっくりさせてよー」
「…もう好きにしてください」

横目で十束さんを見たあと目を閉じる。布団を顔にかぶせると、すぐに眠気が襲ってきた。


「折角十束さんが気ぃきかせてやってんのに…可愛くねぇ奴だなぁ」
「いいんだよ八田、俺が好きでやってるだけだから」

聞こえてくる会話にまた苛つく。だから俺は頼んでないし迷惑なだけだ。
だんだん瞼が重くなってきて睡魔が俺を襲う。意識を手放す前にまた頭を撫でられる感覚がして、少し心地いいと思ってしまった。



目を覚ますと16時を過ぎていた。熱冷ましシートのようなものを額に感じる。十束さん達が家に来たのは10時で、流石に帰っただろう。その証拠に美咲のうるさい声が聞こえない。何か食べて薬を飲もう、そう思い身体を起こすとさっきより怠くなかった。
ふとなにか足元に何か重いものを感じ、なんだろう、と見てみるとベッドに凭れる形で十束さんが眠っていた。マスクの紐が耳の後ろに食い込んで痛かったのかマスクは外されており、すうすうと規則正しい寝息だけが響いていた。

さっきのお返しと言わんばかりに頭を撫でる。俺の髪よりサラサラで指通りのいい金髪。色白な肌と整ったその顔によく似合っていてついまじまじと見てしまう。顔に触れると女みたいにスベスベで、思わず女か、と呟いてしまった。
玩具のようにベタベタと触っているとふいに手を掴まれて驚く。俺が触れたから起きてしまったのか、それとも最初から起きていたのか。後者なら相当タチが悪い。

「おはよ、伏見」
「もう4時過ぎてますよ」
「うそ、もうそんなにたつの?」
「美咲は?」
「バイトに行ったよ」
「そうですか」

話しながら俺の手を引いて額に額を当てられる。ひんやりと冷たい。その感覚にボーッとしていると、顔を離された後苦笑された。

「何ですか」
「伏見は本当に可愛いね 」
「目腐ってるんじゃないですか」
「ははは、そうかも」

そう言うとギシリ、と俺を跨いでベッドに乗っかる

「発情したんですか、風邪の男に」
「もう治ってきてるじゃん俺の口移しの薬のお陰だね」
「アンタ俺が寝てる間にそんなことしてたんですか」
「だって伏見起きないんだもん」

スウェットの中に手を入れられ肌を撫でられる。やっぱり十束さんの手は冷たく、ピクッ、と身体が震えたのがわかった。

「ん……ッ、」
「伏見……」

舌が俺の首筋を這う。目立たないところをキツく吸われるのがわかり、それにまた身体を震わせて熱っぽい息が漏れ出す。

「十束さ……、」

息をつくといつの間にか頬に涙が伝っているのがわかった。それにぎょっとして慌ててゴメン、と謝られた。別に嫌なわけではなく生理的なものなのに。

「嫌じゃないですよ、別に…」
「うん…いや、ご飯作ったからさ、食べて薬飲んでよ!」
「……はい」

そう言い残してキッチンへパタパタと去っていく十束さん。いつも強引なとこがあるのに、こういう時はなんだか優しい。それにむず痒さを感じながら舌打ちをした。





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